103 view | 2018/08/10 00:00

都会のマタギと田舎のマタギ その18 山崎史郎氏のリトアニア大使就任



都会のマタギと田舎のマタギ その18 山崎史郎氏のリトアニア大使就任


熱中小学校プロジェクトを進めるうえで元内閣府地方創生総括官、山崎史郎さんとの出会いは奇跡としか言いようがない。

熱中小学校発祥の地、山形県高畠町の八巻企画財政課課長代理(当時は係長)が外部の朝食会で山崎氏と会話した事がご縁の始まりだった。その後当時の斎藤課長と3人で内閣府に説明に伺い、資料を見られて‘うん、これはおもしろい!’と大きな声をあげられた。

それから、熱中小学校プロジェクトに山崎さんにはお忙しい中時間が許す限り、各地で講演いただいた。特に印象深かったのは4年前の高畠町での生徒募集のオープンスクールだ。


閉鎖されていた廃校が再生され、5年ぶりに人が集まって賑やかになり、締め切っていた窓が開くと、人好きなつがいのツバメが舞い込んで来て校舎の教室や廊下をのびのびと回遊し始めた。ツバメは人のいる近くに巣を作って天敵から身を守る習性があるので見回りに来たようだ。

ツバメは山崎さんの講演のときは体育館の天井近くにとまって満席の250人の聴衆と聞き入っているかの様で動かない。主催者としては、もしや糞が落ちてこないかと上ばかり気にしていたところ、山崎さんの声が突然止まった。演壇を見ると、しばらく目頭を押さえて涙をこらえておられるのが目に入った。

それは、山崎さんが福島の原発事故の際、首相補佐官をされていた話に触れた時だった。

日本がどこまで汚染されてしまうか、4年前の緊迫した時を思い出されての涙に、会場は一瞬静まり返った。「熱中小学校の果てしなき挑戦」の本の中で、仙道保健室担当(元山形大学学長)が「私はこれまでにこんなに心のある官僚を見たことがなかった」とコメントされている。


もう一つの記憶に残る講演は會津熱中塾でのオープンスクールだ。山崎さんは山口県長州のご出身、多少の緊張があるのではないかとの私の勝手な心配もよそに、素晴らしい話を終え、その後の飲み会では大変盛り上がった。酒はいつでも愉快で明るい。


こうして全国の熱中小学校の開校を支援いただき、昨年退官後はお約束どおり、特別教諭に就任いただいた。

その山崎さんがリトアニア大使に就任されるといううれしいニュースが入ってきたのだ。


第2次世界大戦中、リトアニアのカウス領事館に赴任していた杉原千畝氏がナチスドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人にビザを本国の指令を無視して発給したこと等、今でも親日家が多い国だそうだ。


そして山崎さんのリトアニア大使就任をひときわ喜んでいるのは八丈島熱中小学校の関係者だ。八丈島在住で熱中小学校の体育教諭をされている浅沼剛成さん((株)ウェルネスファームひょうたん島代表取締役)から、早速メールをいただいた。

「昨年より八丈島の富士学校がリトアニアのナイセイ市。八丈島高校がビルシュートーナス市と交流を始め、来月には役場にリトアニアから青年が勤務します。11月には音楽学校の40人が来島します。ここに至るまでは前リトアニア大使の重松豊英様がホノルル領事当時、私が八丈の子供を全米少年柔道大会に連れて行ってお会いしてからのご縁です。

山崎様がリトアニア大使になったという事は本当に嬉しいニュースです。」


熱中小学校の宝である教諭、役場、事務局関係者の皆様には、毎月第3木曜日の夜、熱中さんもく教員室という、懇親会を開いており違った世界の方々との楽しい出会いの場になっている。

6月、7月のさんもく教員室出席の皆さんで、山崎さんには名前入りの会津漆塗の万年筆をプレゼントした。そしてその席上、小松琴浦町長との会話でなんと山崎さんは離日4日前の「とっとり琴浦熱中小学校」でのオープンスクール講演を快諾してしまった。

8月25日は鳥取県琴浦町で、―「人口減少と社会保障―「全世代型社会保障」と「地方創生」―をテーマに山崎さんのしばらく留守にする日本に対する危機感と愛情あふれる話を熱っぽく聞かせていただけることだろう。


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