89 view | 2018/08/03 00:00

都会のマタギと田舎のマタギ その 17 自由業の精神

都会のマタギと田舎のマタギ その 17 自由業の精神


最近サラリーマンという言葉が死語になって久しい。サラリーを定期的にもらうことができる稼業から、不定期雇用者の増加や中途で転職することが増えてきた等、特に首都圏では職場の環境が安定したものではなくなってきた。

今でも、役所や、地方自治体などには昔のサラリーマンの気風、習慣が比較的残っている世界ではないかと感じている。全員ではないにしても、定年まで定期的に給料が入ってくる、定年後の年金生活でも、地方では自宅に田畑があればおいしいものが安く食べられてうらやましいな~、と時々ひがんでいる。

さて、そういう私も定年後社外取締役など定期的に会議があり、その見返りとして毎月決まった日に給料がもらえるという意味では定年後もめぐまれたサラリーマン的な生活が継続している事には大変感謝している。

しかし私の働き方の以前との違いは、部下がいない、自分で新しいことをやる場合は細かいところまで自分でやらなければ始まらないという世界にいることだと思う。

細かい事務処理的なことや切符の手配、タイムリーなコミュニケーションなど、忘れてしまうとオイルが切れたエンジンのように並行しているプロジェクトが停滞しそうな気がする。

組織の中で以前は、方針を書いたり話したりして、「これ、もうちょっと具体的にできないかな?」と優秀な部下に投げればよりよい企画書が返ってきたり、対案がでたりアドバイスがもらえてよかった。きょうは体調がすぐれないのでと、うろうろしていても会社は他の人が働いてくれて給料日は来た。


一人でそれを手ぬかりなくやろうとすると、玉石混合のアクションのリストが毎日出来あがる。そうしたリストは自分しか管理できず、消えてもまた現れるので、結果として休日なく働くことになる。現役時代の働き方以上に切れ目がないワークマン生活だ。


こうした状況は精神的によくないので、そのような世界をうまく扱っている自由業的なことを何十年やっている友人に相談した。

するとその方から「堀田さん、あなたが今日どうしてもやっておかなければいけないことだけやりなさい。後のことは明日以降考えるように努力しなさい」というご宣託を賜った。

自由業者がプライオリティーを付けるというのは、つまり自分の仕事の本質を1点に絞るごとくに勇気を要することだ。たとえば3年になった熱中小学校プロジェクトは今年海外展開がはじめるという予想のしなかった仕事が生まれた。出会う人によってどんどん中身が成長している。こうした与えられた仕事や目標のない自由とはとても困難な精神的修業を伴うものだと思う今日この頃だ。


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0堀田 一芙


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