83 view | 2018/06/30 00:00

都会のマタギと田舎のマタギ その12 一番好きな温泉は?

都会のマタギと田舎のマタギ その12 一番好きな温泉は?


私たちの体の免疫力の育て方は人それぞれで、私にとって砂糖代わりの自家製日本みつばち蜂蜜愛用はその一つだが、体も心も疲れた時の温泉は40歳代以降の大事な習慣、いや命をつなげて来させていただいたものに近いと思う。当時まだ秘湯ブームが来る前であったが、特にひなびた温泉地の源泉にはお世話になった。

日本IBM時代にPC事業や、全国の中堅企業担当の事業部長を担当した約15年は出張のたびに地元の部下や販売店の方たちと裸の付き合いをしていた。私がお客様や販売店を回るたびに温泉で皆で宿泊してことを、社長からは温泉に行きたいから出張しているのでは、と疑られたほどだ。(きっとうらやましかったに違いない)


たくさんの温泉に行ったから、よく堀田さんが一番いいと思う温泉は?と聞かれる。それは温泉に浸かって、うっかり‘ああありがたい’とつぶやいてしまう温泉であり、その前後の私の体や精神の疲れ具合で異なると答えている。温泉の好みには個人差がある。

有名な秋田県の「鶴の湯」など、多くの人たちが‘いい’と、いうところもあるにしても、地下から何百年と湧いている温泉、それを開き、育て、守ってきた人たちの苦労を考えると、それぞれ何とか継続してほしいと思うのだ。その意味で気になっているのが鳴子温泉などの伝統的な湯治場の寂れようだ。


日本の農業の担い手が高齢化し、減少するごとに、自炊を中心にした湯治場の苦境は著しい。後継者問題もあって、このままでは旧来の自炊旅館は立いかなくなってしまうだろう。

若い後継者たちも、湯治棟の始末に悩んでいることだろう。


私は個々人の免疫力の維持成長には、自然豊かな土地でおいしい旬の食物を、自分の必要に応じて料理し、時には旅館の食事のお世話になって、好きなだけ安い費用で温泉三昧のできる、新しい湯治場こそが健康な老後の生活環境だと思っている。

20年くらい前に花巻の奥にある温泉旅館で、年に1回の演芸大会の前夜にたまたま宿泊したことがある。私は湯治部ではなく、旅館部に宿泊したのだがお風呂で明日の演芸大会のために老人たちがたくさん集まっているのだという話を聞いた。夜には遅くまで三味線の音や民謡の歌声が湯治部のほうから伝わってきた。あの時の老人たちはどうしているのだろう?今でもこの行事は継続しているのだろうか?


私の大好きな、奥会津の三島町の名湯‘つるの湯’では最近真新しい湯治部に建て替えた。

地元佐久間建設工業の佐久間社長の企画力と粘り強い実行力はすばらしく、若い人も来たくなるようなモダンな木造のカフェも長い時間をかけて育てられ、新時代の湯治生活を提案しているかのようだ。

本日から2日間、奥会津の金山町で第7回奥会津日本みつばちセミナーを開催する。只見線の列車はやがて、名湯つるの湯の最寄駅、‘早戸駅'を過ぎて金山町に入っていく。

セミナーの宿泊場所である、玉梨温泉恵比寿屋の湯の色は、つるの湯と同じくやや褐色で

特に心の傷にもよく効くという。

私の心に引っかかっている、湯治場の問題。ぜひ地方創生のメニューで立て直そうという自治体はないものだろうか?

高齢者の医療費は温泉効果で減っていくと思うし、なによりも自分の後期高齢時代の隠れ家にぜひと思っている。熱中小学校をわが町に、という話をいただくと、早速近くに温泉は?と調べてしまう癖は、昔の上司の指摘のとおりだ。

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0堀田 一芙


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