89 view | 2018/05/27 00:00

都会のマタギと田舎のマタギ   その5 末期の肝臓ガンと宣告されて

都会のマタギと田舎のマタギ その5 末期の肝臓がんと宣告されて


今回はちょっとシリアスなお話である。

今から約10年前、私自身の人間ドックのコメント、‘肝臓ガンの疑いがあります、精密検査を至急受けてください‘からドラマは始まった。精密検査の結果は肝臓に2.4cmの腫瘍がありかつC型肝炎、かなり進行中という恐るべき結果だった。ネットの時代だから皆の検索レスポンスは早く、家族達は余命6か月―1年の検索結果に皆息を潜めた。

元の職場の上司に相談すると、当時のお客様であった、国立がんセンターの’神の手‘を紹介され、すぐに手術のための再検査が始まった。


他の総合病院と違って、ここに来院するのは何らかの癌またはその疑いのある方だし、内臓の診察室は、胃、大腸、すい臓、肝臓などの専門分野別の先生の診察を待つというとても厳粛な空間で、奥様など近親者の付添いの方と一緒に来られている患者も多かった。

精密検査を2回やった後の診察で、‘神の手’が、「堀田さん、私としては切れないのは残念だが(だぶん冗談で言ったのだと思う)、悪性腫瘍なのかちょっと気になるところも残っているので少し経過を見るために、虎の門病院に行ってほしい」と別の先生を紹介いただいた。それから10年、2.4cmの腫瘍は成長せず、たぶん血の塊の様なものではないかと言われている(切ればわかったのだろうが)。

その間医学は進み、C型肝炎にも悪いウイルスと、いい?ウイルスがいるということがわかり、最近の血液検査では、私のは問題ないものだという。(しかし、赤十字の献血は今でもはねられる)


さて、高岡熱中寺子屋に寄贈する2冊目の本は、第1冊目と同様に、エッセイストの玉村豊男さんの、「病気自慢―ようやくガンになった」にした。37才から36年間で8つの病院に14回入院した話で、最後が肝臓ガンである。全編病気や事故の話なのだが、なぜか明るく読み進められるエッセイ集だ。救急病院で、先生が看護婦さんのお尻をさわったところを簡易ベッドで唸っている玉村さんがチラリと見てしまったり、同室の他の患者の話もありとても面白く読み進められる。

玉村さんは42才の時に理由のわからない吐血の処置として行われた輸血が原因でC型肝炎になり30年あまり付き合って来たが、3年前そのウイルスを絶滅させ、かつインターフェロンのように副作用のない新薬が登場し、それが保険で投薬できることになった。

30年苦しんできた生活がなんだったのか、あっけにとられてようだと、長生きをしていると、医学の日進月歩の進歩の恩恵にあたるという素晴らしい経験をすることになる。


ところが、この新薬が長らく玉村さんが培ってきた免疫のバランスを狂わせたものか、肝臓に小さながん腫瘍が生まれるようになった。副作用のないはずの新薬が、ガン細胞を目覚めさせてしまったのだ。

医学の進歩で3cm位の肝臓ガンも今では切らずに、針を入れて焼き切る方法で大きなダメージなくやりすごしているのだが、薬の副作用は予測できないものなのだろう。

こうして玉村さんは、‘ようやくガンになった’のだ。


私たちの体は長い間に生まれ、育ててきた、バランスの中で、病気やウイルスと付き合って生きていて、それは人様々な‘病気との折り合い方’というものだ。

今の私と妻の体の免疫は、我が家の日本みつばちの蜂蜜がベースだと思う。日本みつばちを飼育してから我が家では料理に砂糖は使っていない。そして幸いな事に10年前に余命1年と言われ体だったのに今のところ薬やサプリのお世話にはならずに、今日も「ああありがたい」、あと1000日生かしてくださいと祈り、水を3杯浴びたところだ。

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0堀田 一芙


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