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都会のマタギと田舎のマタギ その38    ヨガの先には何がある?

都会のマタギと田舎のマタギ その38 ヨガの先には何がある?

私はヨガ的な運動を毎朝継続して3年半になるがそれとはまた別の考え方があるという話を聞いて興味を持った。それは最終的には歩き方を根本的に変えることだという。筋肉をつけてではなくて、エネルギー消費が最も少ない歩き方をマスタ―すればあまり運動はいらないというのだ。なんだか、年寄りには耳よりな良い話だ。但し、その先生には整形外科で見はなされたような方たちが来る駆け込み寺でもあって、予約がなかなか取れずに、絶対に新しいお客さんは採る余裕はないという事だった。古くからの友人が通っていたので特別に繋いでもらい、一度お会いしてもという事になって、1時間歩き方や姿勢の矯正を見てもらった。先生は私の体、歩き方のゆがみを見た後、4つの小さな運動を教えてくれた。それぞれは簡単なものだが毎日の継続の為に、私のヨガメニューを改良してその運動を加えてかれこれ3週間になる。歩き方も、少しお尻を後ろに、上半身を上に持ち上げるように変えてから、さて腰が痛くなった。その影響からか、次は右膝に違和感が出てきた。階段を上がる一足、一足に膝の痛みが生まれ、姿勢は崩れてまた腰に来る。。さてどうするか?ここで辞めてしまっては面白くない。何事も新しい動きには抵抗勢力がいる、私の体内にもいるのだ。少し畑仕事を休み、のんびりしながら、しかしギックリ腰にはならないな、と思いながらだましだまし、この新しい生活習慣を継続してみている。3か月経過すれば、新しい痛みと共存していくと何か新しい世界があるのかもしれないと今日も明日もほんのちょっとリスキーだが知らない世界を好奇心をもって覗いてみる。どうやら、毎日の継続は慣れることに繋がって、やがてまだ私の体や心が次のもう一歩先を求めてゆくという事を信じて。。それがもう若くない自分にまたできるかどうか。そうだ、いちろうの引退記者会見の記事をもう一度読んでみよう。

堀田 一芙 2019年04月18日

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シアトル熱中小学校開校から見えてきたもの-リアルSNSの世界

シアトル熱中小学校開校から見えてきたもの-リアルSNSの世界

都会のマタギと田舎のマタギーその37 シアトル熱中小学校開校から見えてきたもの-リアルSNSの世界皆様、本日はシアトル熱中小学校入学おめでとうございます。 日本も含めて13校目、海外では初めての学校に皆さんは最初の入学生です。 日本で最初の学校は山形県高畠町の廃校になった小学校を大人の学校として再生しました。 この元小学校が、俳優の水谷豊さん主演のドラマ「熱中時代」のロケ地であったという事から熱中小学校と命名されました。 今から3年半ほど前、その最初の入学式にお話ししたことを今日は皆様に贈ります。 ‘何事も最初というのは特別な事です。私達の人生にとって大切な‘好奇心’と少しの勇気を必要とするからです。1番!なんという響きのいい言葉でしょうか。あとあと、ご自分がこの学校の第一期生だったという事を誇りに思える日が必ず来るでしょう。 もう一度七才の目で世界を! 今日は入学おめでとう! 清水校長、スタッフ、そしてボランティアの皆様と成長してゆく皆様にまたお会いすることがとても楽しみです。‘ わずか2分のスピーチだが、その朝、私に課せられた仕事は‘わざわざ日本から’だけではなく、熱中小学校の関係者としてその勇気をお見せすることだ、と気が付いた。 私は冒頭の日本語挨拶を、当日入学式直前に感じるところがあって皆に小さな勇気をお見せしようと不自由な英語でやることに変更した。日常は英語が普通の彼らにとって、日本語は緊張する環境なのだから、私が緊張する英語で話すことで溶け込みたいと思った。 シアトル熱中小学校が2月23日に開校した。 私の来賓挨拶は短くとも様々の人達の出会いがあってここまで来たという、‘人をつなげる熱中小学校’の初心に帰った思いがある。 第1番目の講義は日本からNHKのディレクターである、31才の倉崎さんが受けもってくれた。米国からは、コストコのチーフバイヤーだったハントーン寛子さん、村上春樹作品の翻訳家であるジェイ・ルービンさん、ゲゲゲの鬼太郎の翻訳者のザック・ダビッソンさんの午前、午後の2部制の授業を行った。 前日の準備の時間に清水校長に、山形新聞の記者さんから電話取材があったが、これが山形県高畠町とシアトルを繋ぐ話ばかりなのだ。 倉崎さんは、今年のNHK大河ドラマ‘いだてん’を担当されているが、山形支局時代に高畠町を舞台に‘私の青おに’いうドラマを制作されたことから熱中小学校に来られたご縁で当時最年少教諭として着任された。 清水校長が日本に行かれてたまたま熱中通販で発見した、‘くだもの畠’さんの葡萄ジュースも昔米沢市で教鞭をとっておられた清水校長の片腕である金先生の教え子の商品だった。高畠とシアトル校が人と商品で運命の糸のようにつながっている。 私達はこのプロジェクトを通じてSNSの未来形を作っているのだ。 お友達や知り合いの輪を超えたところー成長したいと真剣に考えている人達だけが知っている熱のある生身の人間同士の謙虚だがバランスの良い出会いとつながりの連鎖を創っているのだ。 日本の生徒さんが6月のシアトルのJapan Fairにちょっと無理して修学旅行で参加するのも、成長する自分を確かめに行くのだ。もう‘いいね’の世界は遠い後ろにある。ビッグデーターもAIもきっと同じように大したことではない。 ダイナミックでリアルな人間集団には見えないが果てしのない成長の夢が広がってゆくのだから。

堀田 一芙 2019年03月16日

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都会のマタギと田舎のマタギ その36 今年最悪の事件。

都会のマタギと田舎のマタギ その36 今年最悪の事件。

都会のマタギと田舎のマタギ その36 今年最悪の出来事とは? 本当は人には恥ずかしくて言えないが、まさかそんなことがあるなんて。。という話を聞きたくありませんか? 今年7月に第7回の奥会津日本みつばちセミナーが行われた福島県金山町農業研修センターで受け付け作業が終了し、さてそろそろ司会として始めようかという時、直前に私はなぜかトイレに行っておこうと大きい方を目指したのだ。 このセミナー以外には使われていない古い農業研修センターのトイレは汲み取り式で、まさに板床に穴が切ってあるシンプルなものだった。その現場で私が用を済ませて立ち上がった時になんと後ろのポケットに差し込んであった財布を落としてしまった。 2メート以上深い底は暗く、懐中電灯を借りて確認するものの、次第に財布は隠れてゆき、ついに沈んで消えてしまった。(決して財布が格別重かったわけではない) 司会の私は会場に向かわざるを得ない、トイレを使用禁止にして。。 財布の方は田舎のマタギこと猪俣さんに頼るしかなかった。 マタギはまずお嬢さんに家から虫網を持ってくるように指示し、網にモップの棒を括り付けてさらに長くし、着任ばかりの地域起し隊の八須さんとありそうな所を目指して虫網を下していった。探る事数分、なかなか見つからない。 クレジット、銀行カード、免許証に保険証、いくばくかの現金、そして愛用の特製の革の財布。このままで何年もさらったことのない忘れられた施設の肥溜めを全部排出する事など考えられないから、これは万事窮すか?と絶望した。 上のセミナー会場からは、今年からお願いしている第一番目の講師の藤原女史の熱気のある声が聞こえる中で、しばらくしてマタギ、お嬢さん、マタギの弟子の八洲さんの3人がかりで狭い穴から取り掛かり、見えない財布を回収してくれたのだ。 やった!との私の声に、マタギは‘大変なのはこれからだ’の一喝。 バケツに水を張り、何度も濯いだのち、財布、紙幣、クレジットカードなどの水洗いを徹底、乾燥させていくのだが、ここでも元消防の体験もあるマタギは、紙幣はガラスに張って乾かさなければダメと的確な指示があり、ついに元の中身が復元した。 愛用の財布は銀座のオーソドキシーでオリジナルで作って頂いたが、今度の事件でその匠の作業の真価がわかった。そして水洗いを重ねて乾燥させた財布は元と全く変わらなかった。 紙幣はシアトル行の残りのドルも入っていて、1万円札が2枚、10ドル1枚、1ドル1枚を乾燥再生することができた。 今月は全国の熱中小学校の開催地の11の自治体の長の方に説明の旅をしている。 今日12月26日は朝一番で宮崎小林市で市長様にお会いした後、鹿児島空港から羽田、東京、福島県郡山経由でマタギの住む奥会津に向かう。3人の恩人とマタギの奥様の手料理で忘年会をするのだ。 あのピンチを切り抜けてからの半年、デザインの分野ではいつもお世話になった前田先生が急逝するという悲しい出来事があった。 来年私は年男。この財布の‘運’のツキが継続するように、再生した紙幣はこれからも鞄の底にいつも潜ませてゆこう。 9か月前に熱中通販のコミュニティー機能を自分で試そうと、ほぼ毎週ブログを書いてみようと思い立ち、この文章は7月に書いて、内容の微妙さから、どうしたものかと保存してあった。ここまで愛読いただいた皆様にお礼申し上げます。 よいお年を! 愛用の財布はこちら。https://necchu-shogakkou.com/ec/products/detail/70

堀田 一芙 2018年12月26日

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都会のマタギと田舎のマタギ その35 呼吸法からストレッチした世界へ。

都会のマタギと田舎のマタギ その35 呼吸法からストレッチした世界へ。

都会のマタギと田舎のマタギーその35 呼吸法からストレッチした世界へ。 毎朝のヨガが3年を経過して、ポーズより呼吸法が大切という感じが少しつかめてきた。 ヨガのポーズはわずかに5つ、そして腹式呼吸は各々5回程度しか行わない、しかし息は最後まで吐ききるようにして、別の世界が顔をのぞかせるようになった。 以前、剣道8段に合格した方が、日頃の練習では息を最後まで吐ききるという事に努めて来たという話を思い出す。 息を吐ききるところで体が最もストレッチできる、これまでの域を少し超えたところに持っていけるという意味で呼吸法の世界はストレッチと一体である。 ヨガのポーズの間に、死人のポーズと言って、あおむけになって体を地面にあずけてゆっくりと腹式呼吸をすることで、ストレッチしたものを定着させる時間を持つようにしている。 その際、僅かに足と手の指先が麻痺し、体内の細胞が動いているかのように感じるのも最近の事だ。この麻痺の感覚が徐々に手の平から腕に広がってゆくのも楽しみになっている。 私は‘定着の時間’の意味は、日常でも腹式呼吸型に体が慣らされていくことだと思っている。 息を吐き切り、自然体で定着を意図すれば、日常の呼吸は腹式で、ゆっくりと深く、呼吸数が減って、効率的な呼吸体質になっていくのではないかと思っている。 従って、ヨガの最後に瞑想の時間はしっかりと腹式呼吸をやるようにしている。 先日の内閣府でのプレゼンテーションの前などに深い腹式呼吸をして備えていたり、落ち着きのタイミングを計っている自分がいる。 省エネ体質に体がなってゆく一方で、お酒や食事の習慣は変えられないことはどうして折り合っていくのだろう?そんな妄想をしながらも、ヨガ&ストレッチと水浴びを欠かさず毎朝繰り返すことで今年も暮れてゆく。 外はまだ暗く、やがて庭の木々がシルエットのように窓に浮かんでくる。桜、松、梅、柘榴、沢山の植物の呼吸が聞けるような気がして朝の習慣が終わる。 「今年もありがとうございました、来年もよろしくおねがいします」というより、 「今日も一日ありがとうございます。あと1000日よろしくお願いいたします。」 と唱えて今年も暮れてゆく。 (写真撮影は 藤田修平氏)

堀田 一芙 2018年12月18日

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都会のマタギと田舎のマタギ その34 シアトル熱中小学校、本当に開校します。

都会のマタギと田舎のマタギ その34 シアトル熱中小学校、本当に開校します。

都会のマタギと田舎のマタギ その34 シアトル熱中小学校が本当に開校します。 日本の昔の良いもの、段々なくなってきているもの いろいろなオーガニゼ―ションが一緒になって出来るようなものがあればと思って 今までは地域を結んできたんですけども それが大きく日本にも架け橋が出来たら 子供から大人、またはリタイヤされた方まで 職種や人種 年齢を超えて、皆がひとつになって 全ての人達がそこから力をもらってもっともっと良いものに みんなが訪問したくなるような 特色ある学校にしてもらいたいです 5か月前に放送室担当の中村さんが現地入りして制作したビデオがシアトル近郊の町ベルビューチルドレンズアカデミー(BCA)で流れている。これはそのテロップだ。テロップを話しているのはBCA校長先生の清水楡華さん。 12月1日(土)午前、午後2回開催されたシアトル熱中小学校のオープンハウスの最後の時間に会場にはこのビデオを見て目頭を押さえている人たちがいた。 大久保昇内田洋行社長による日本の教育改革の話と理科の授業、地元の剣道家今野さんの日本刀の話、高岡熱中寺子屋の高橋さん、開さんの料理のふるまい。。 ここまで徹底的に準備して渡米してきた熱中小学校プロジェクトに係る人の不思議さと面白さ。。そんな人達が関係している熱中小学校をもっと知りたい、入学してみたいという方たちの中に米国人と結婚されて子育てでこのBCAの清水楡華校長にお世話になったというお母さんたちもおられた。 清水さんがやることならいいことに相違なく、応援しようというたくさんの方たち。2か月という短期に本業の学校の仕事に加えて開校準備をされてきた学校のスタッフの方たち。清水さんは渡米されたのちご主人を亡くされ、ご自分のお子様を委ねるにふさわしい学校がないという現実から米国の子供たちが通う小学校、中学校を設立された方だ。来年には高等学校も加わる。 シアトル熱中小学校は清水さんのコミュニティー創りの活動の歴史に新しい香りが加わる。 それは熱中小学校で日本とつながることだ。それも地方の多様な文化との交流だ。 私の説明の締めくくりは「来年6月29日―30日開催されるジャパンフェアにはたくさんの熱中小学校関係者がここに集まります。阿波踊りの大家も来ます、みんなで阿波踊りを踊りましょう!」 「踊るあほうに見るあほう、同じあほなら入学しなきゃSON SON! 

堀田 一芙 2018年12月05日

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都会のマタギと田舎のマタギ その33 安倍総理大臣との30分

都会のマタギと田舎のマタギ その33 安倍総理大臣との30分

都会のマタギと田舎のマタギ その33 安倍総理大臣との30分 それは11月の初め、内閣府の地方創生事務局からの1本の電話で始まった。 「まだまだどうなるかわかりませんが、安倍総理が主催する地方創生会議に熱中小学校の話をしてもらえませんか?」 それから1週間後に、「まだ決定したわけではないのですが、11月21日か22日どちらかの午後、説明時間は7分くらいで。。」 そしてさらに1週間後に、「実施が決定しましたが、まだ21日か22日かはわかりません。申し訳ないのですが時間は5分で。。」 そして前日の朝、21日に決定したと最終の電話があった。 すでに各地の事務局には第一報で、写真の提供をお願いし、放送室の中村さんが2分の紹介動画の編集を終わらせてくれていた。5分では動画の力を駆使してもれなく情報を伝えきらなければならない。亀田俊用務員補佐さんの編集でパワポと動画の組み合わせで15枚になって送ったので、事務局はとても5分ではできないだろうと心配したようだ。 当日はPCの操作をやってもらう亀田さんと首相官邸に出かけて行った。 会う内閣府のスタッフの方や稲山地方創生総括官も、ご挨拶すると皆さん異口同音に「堀田さん、申し訳ありませんが、くれぐれも時間厳守で。。」が挨拶の言葉だった。 そして当日ようやく、この会議の全貌が分かった。安倍総理、麻生副総理、菅官房長官、担当大臣の片山さつき国務大臣以下地方創生関連の閣僚、民間委員が一堂に会した会合だった。 民間の事例発表は私を入れて3人。熱中小学校は2番目の発表だ。 安倍総理が入室して私のちょうど前に着席されて会議が開始、増田世話人(元岩手県知事)の報告、3人の事例発表と続く。 私はしっかり5分以内で、1.全国各地で行っている地方創生人材育成の活動 2.210人ものボランティアの先生に支えられ 3.熱中通販などで自立をめざし 4、シアトル校を皮切りに海外にも展開 というポイントを説明した。 ビデオもしっかりと見ていただけたが、地方創生で海外の日本コミュニティー活動も一緒にやって行くというところがユニークなところだ。 安倍総理の挨拶とコメントの時間の直前に、記者、TVの撮影スタッフの皆さんが大挙して招き入れられて入室されて、安倍総理のコメントと発表を取材して3週間前に内示されたトータル30分のドラマは終わった。 官邸、内閣府の活動が、‘現場の情報も大事にしている’というデモンストレーションの香りもあったにしろ、熱中小学校で苦労をしてこられた各地の役場や事務局、先生方にはとてもいい機会を頂いたと思う。 さて、私はこの文章を米国シアトルで書いている。来年2月に開校する生徒募集のオープンハウスの為に先生役の大久保昇内田洋行社長、高岡熱中寺子屋の高橋副代表、開事務局長とご一緒だった。 海外展開は本年の地方創生の企画には入っていないものなので、国内自治体経由の予算もなく日米ともに民間ベースで進めて来たものだが、会場の雰囲気からシアトルは必ず立ち上がり、その成功が熱中小学校を新次元に導いていくものという確信が生まれてきた。 清水シアトル校長からは、「山田シアトル総領事様も先生になって頂けましたしぜひ安倍総理をシアトル熱中小学校にお連れください。。」 安倍総理との30分、その中のわずか5分のご説明のドラマは、実はこれからが本番の様だ。

堀田 一芙 2018年12月02日

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都会のマタギと田舎のマタギ その32 「デザインに感性はいらない」

都会のマタギと田舎のマタギ その32 「デザインに感性はいらない」

都会のマタギと田舎のマタギ その32 「デザインに感性はいらない」「デザインに感性はいらない」というテーマで開校したばかりの山形県高畠町の熱中小学校の教壇に立ち、その後高岡熱中寺子屋を起ち上げ、全国の熱中小学校のデザイン戦略を一手に手掛けていただいた、前田一樹先生が逝ってしまった。デザイン界の大御所である先生には2011年、東日本大地震をきっかけに立ち上げた’オフィスコロボックル‘のロゴを無償で作って頂き、その作品は私がお話をした内容よりずっと先まで考えておられた。「真ん中にある鍵穴は人です。人が中心。周りはらせん状に縁のある人達が共に昇ってゆく将来の方向があります」竹村さんが考えた‘他力創発’のキャッチフレーズを表して、やがて熱中小学校のプロジェクトでも、全体デザイン設計をやって頂いた。「熱中小学校のロゴマークのパーツは小学校の教科を色と形で表しています。このパーツを組み合わせて将来いろいろな発展があります。」デザインには概念が大切で、生活者の為に新しい価値を作り出すものだという講義は厳しいロジカルなデザインの世界を初めて知ることとなった。3週間前ほど前に手術入院されて以来、先生からコンタクトがあった。初対面のご子息にお会いしたのが11月9日の金曜日。別れ際に先生のご様子を伺うと、明日富山の病院に行かれるとのことだった。そして悲報は2日後の早朝に高岡熱中寺子屋の開事務局長からもたらされた。今日、先生に最後までお世話になった作品ともいうべき、シアトル熱中小学校のバナーがオフィスコロボックルに届いた。先生のご指導の下、田中裕子さんが先月、熱中小学校デザイン室担当に着任されており、今後とも心配はないようにされていた。そのシアトル校と、国内12校のすべてバナーをオフィスの駐車場に飾り、中村放送室担当にお願いして青柳さんにビデオを撮って頂いた。今その足で高岡のお通夜に向かっている。先生、お通夜の前ですが、ビールと日本酒を新幹線で飲んでしまいました。先生が言った。「堀田さん、いいんだ。あなたは経営者。デザイナーには向かない、感性の人なんだから」

堀田 一芙 2018年11月13日

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都会のマタギと田舎のマタギーその31 都会のマタギは絶滅危惧種

都会のマタギと田舎のマタギーその31 都会のマタギは絶滅危惧種

都会のマタギと田舎のマタギ その31 都会のマタギは絶滅危惧種熱中小学校を始めてから、面白い人たちと知り合いになる機会が多い。高知の’越知ぜよ!熱中塾‘の教頭である黒笹慈幾さんのお蔭でフリーライターの鹿熊勤(かくまつとむ)さんとご縁が生まれた。今から5年前に奥会津のマタギ、猪俣昭夫さんにお会いしてその生活信条に感動し、一緒に4年にわたり奥会津日本みつばちセミナーを開催し、私自身も日本みつばちの飼育を横浜の自宅で行っている。田舎のマタギの精神を都会に住む自分の中でどう育てていくかという事についてはいつも考えてきた。黒笹さんに紹介された鹿熊さんが先日カメラマンの方と取材で我が家を訪ねてくれた。お持ちになったBE-PAL誌にその猪俣さんが、マタギが山に持っていく携帯食で取り上げられていた。私は都会のマタギの流儀を説明したいと思って、鹿熊さんの来訪に合わせて、昨晩サーモン燻製4枚をつくり、ピザ窯に入れたままにしてお待ちした。マタギは山と共に生き、山の生物バランスを感じ、そのバランスの健全な維持の為にいつも気を使い、頭と体を駆使している人達だ。猪俣さんに言わせると、山の生体系の基本は熊と日本みつばちだという。鹿熊さんも日本みつばちを千葉で飼育されていて、すぐに蜂場を見たいという。お互いの蜂蜜の交換もしてますます取材どころではなくなってゆく。やっぱりサーモン、取り立てのルッコラときたら、白ワイン。取材は飲み会に発展して話は終わることがない。私は祖父が会社の創業者で庭を造り、父と私が維持して60年以上なんとか横浜で自然と共に生きる生活を継続している。都会のマタギの自然とのつきあいは、庭園にエネルギーを惜しみなく与えることである。そう思ってデザインを自分好みに変えながらも庭園を守ってきた。我が家には7本の桜の木があった時期があったが、家の拡張等で今では3本になり、今年の台風で大きな1本の枝が折れた。もうひとつの桜には日本みつばちが入るので、中には大きな洞が出来ているに違いない。なんだか私の家族は昔ながらの生活をしてここに取り残されてしまったようだ。戦争、バブル、そして一極集中と、なぜ我々日本人は最後までやりすぎてしまうのだろう。東京一極集中の行き過ぎを、若い人はやむなき思いで耐えているに違いない。BE-PAL誌の都会の読者たちのアウトドアの週末ははたしてそれを解消できているのだろうか?向こうの山に今年は熊の食べ物が豊作だと、その実が別の場所に運ばれて植物の種が移動する。増えすぎた熊は少し減らさせていただく。都会のマタギを目指す私の残された挑戦的な課題は、日本の人口のバランスの健全化である。住みたい街で懸命に努力すれば幸せになれる日本だ。鹿熊さん、黒笹さんと一緒に都会のマタギ論を次回はベーコン燻製、赤ワインでこの話の続きをしたいものだ。

堀田 一芙 2018年11月04日

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都会のマタギと田舎のマタギーその30  やりたいことを習慣化できる3つの知恵

都会のマタギと田舎のマタギーその30  やりたいことを習慣化できる3つの知恵

都会のマタギと田舎のマタギーその30 やりたいことを習慣化できる3つの知恵3年前に自己流のヨガ体操を毎朝初めて、それをしないと一日が始まらないという生活が定着した。時間は1時間ほどでヨガといってもヨガのポーズは5種類しかやらず、足の指まわしや腕立て伏せ、腹筋などの柔軟体操がメニューの大半を占めている。スポーツジムに登録してはやめ、他の施設に又入ってはやめという時代は、週に1度や2度通って新しく始めた運動によって体の調子が変わり、疲れがでて、行くのが億劫になるという繰り返しであったと思う。自由な時間も少なかった。自由業の今は朝起きれば自分の家で、または出張先で毎日やればいいのだからこれは私にぴったりのジムである。そして、必ず水を3杯浴びる。3日が3週間になり、やがて3か月と継続すると、毎日体がそれを求めてやめられない習慣になってゆく。体操の内容も少しずつ工夫されてくる。毎年10月は新しく開始する自治体への説明などで地方にいて家を空けることが多い。今週は青森県での講演、とっとり琴浦熱中小学校の開校もあり、7日の内で2日しか家で寝る日がなく、そのうちの1日も日帰り出張であった。旅先のホテルでも必ず朝の1時間体操をした。今週の体調は今一だが、これをやらないとさらに落ちそうな気がする、この恐れの感覚も習慣になる秘訣ではないだろうか。習慣化することができる第一の知恵はまず、この恐れの感覚が持てるかどうかだ。二番目の知恵は、人の視線を感じることだ。我が家では、お茶室にもなる和室で、ヨガマットを敷いて行っている。窓の外が白んで来て、庭から愛犬のルパンが、いつお散歩に連れて行くかと待機している。夏は汗をかき、今はすこし肌寒いが、外の明るさの推移で自然の暦と会話しているという事で、また明日もという気になっているのだと思う。ワイフの視線、犬の目線があることで‘やめるわけにいかない’効果で助けられている。もっとも安定する段階に入れる第三の知恵は、全体にリズムが生まれて自然に時間が流れてゆく環境に入ることだ。起きればまず足の指を回しはじめ、体操の後水を浴び、ジュースを絞り、ルパンにエサをやり、散歩して、曜日によってはゴミ出しをして、庭の掃除をするという2時間強の時間の使い方がセットで流れてゆく、こうして3年間欠かさずにやることで習慣化が完成した。瞑想の後で、あと1000日どうかよろしくお願いしますと祈っている自分がいる。最後にヨガマットを目をつぶって端から巻いてゆき、まっすぐに巻けたか目を開けてみることにしている。睡眠時間をよくとれた朝は曲りなく巻き取れるのだが、左右の体のバランスが取れていない状態だとロケット状態になる。これは今日一日のおみくじだ。

堀田 一芙 2018年10月28日

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